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TW3「エンドブレイカー!」内PC関係の雑記。

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「レとシが足りない」

男はまた突飛な不満を吐き出した。






「……ねえアルマン、いったい何に足りないというの?」
「ララバイだ。母親が泣き止まぬ娘をあやす為に歌う子守歌。
 風が蜘蛛糸の雨粒を絡め取るような、……違うな。
 ああそうだ。咲きかけの蕾に紛れ込んだ蛍火の柔らかさだ。
 フローリア、お前なら良い音を知っているんじゃないか?歌ってみろ」

これだ。
きっとこの男の趣味は他人を困らせることなのだろう。
突如として理解の範疇を超えた要求を言い出して、それを探せというのだ。
遠い東の都市によく似たおとぎ話があったと聞いたが、
その話に出てくる誰かと今の私は同じ心境なのだろう。
正直彼のこういうところが未だに慣れない。
出会ってかれこれ5年と4カ月が過ぎた今でも理解ができないでいる。
一体彼はどこに頭の捩子を落としてしまったのだろうか。
そう思えど、私には彼が満足するまで歌うことくらいしかやることがない。
彼の満足する音に出逢うまで、歌い続けるのだ。
――またあとで、小母様にミルクティーを淹れてもらおうかしら。

何か諦めにも近い感情を抱き、私は歌う。
彼ご希望の「レとシ」がどの音階に属するかも知らぬままに、
浮かび上がる音を拾い集め、ただ寄せ集めただけの音を歌う。
それは決まった旋律も歌詞もない、曲ともいえない音の集まり。
ただの「歌」。流れ落ちるだけの音。
思いつきの音は必ず二度繰り返して歌い、遮られるまで延々と続ける。
のだが。

「――それだ、その音だ」

珍しく、それはもう奇跡的なほど珍しく、
3つ目の歌に入ってすぐに彼の言葉が私の歌を止める。

「今の音をもう一度だ。さあ、早く」

思い付きの音を『もう一度』と強請る彼の目はおもちゃの前の子供のそれと同じで、
私が何とか思い出しながら歌うと、何度かのリテイクの末に彼は納得のいく音を聞き分ける。
その音の群れを羊皮紙に書き殴ると、次はクラヴィーアの蓋を開けて、
形作られた音が正しく「彼の音」と等しいかを確認するように奏で始める。
望んだ音が得られたのか、彼は何度か同じ旋律を弾いては、
微調整と言わんばかりに旋律に強弱をつけて、速度を決める。
その間にも「そうだ、白鳥の羽の……」だの「泉の湧き出す……」だの
彼の豊かすぎる想像力が、薄く血色の悪い唇から溢れていく。
私はというと、彼の創作活動中はいつも置いてけぼりを食らう。
ただ彼が夢中に――他の音も聞こえないほど集中して歌を生み出すのを見てるだけ。
別に用が済んだのなら帰ってしまってもいいのだが、
私はどうしてかいつも彼の背中を見つめて木箱の上に座り込んでいる。

時々思う。
彼は魔法使いなのではないのかしら、と。
呪文染みた言葉を呟いて、指先で魔法を紡ぎ出す、魔法使い。
この薄暗い、大道具に囲まれた狭苦しい場所に閉じこもって、
世俗も忘れて魔法を生み出す、そんな人。

そんな妄想を思いつくあたり、私は余程暇なのだろうか。
それとも私も彼に浸食され始めているのか。
感情を言葉にせず、息に混ぜ込んで重く吐き出すと、
満足げにクラヴィーアの蓋を閉めた彼がようやっと此方を向く。

「完成だ。やはりお前の音は何よりも素晴らしいな」

ほんの少しだけ、いつもよりも優しい眼差し。
眉間に皺を寄せてばかりの彼が、口角を上げることなく見せる笑顔。
……困ったことに、私はこの瞬間が愛おしくて仕方がない。

ねえ、あなたはこの感情すらも歌に変えられるのかしら?


※筆休め。とある恋人未満たちの休日。
 レとシが足りないと言ってはいますが、ただ私が思いついただけなので
 特にどんな歌がモチーフだとかはありません。
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