少女は愕然としていた。
目の前に立ちはだかる赤い壁の、圧倒的な威圧感と狂喜の表情に。
戦いに身を置いて来た年月と絶望的な戦闘力の差に。
最早体に力が入らず、戦意すら失せてしまいそうだと言うのに、
それなのに、目の前のその壁は弱弱しく怯える少女を見て
「さあ、試合おうぜ」
不敵に笑った。
* * *
すべては少女が青年の姿を補足したところから始まる。
ある貴族の嫡男たる彼に、家督を継いでもらうように説得するのが今の彼女の仕事だ。
青年はよほど嫌なのか、少女に見つかったら言葉をかわし、即座に逃げ出すのだ。
が、いつものように青年に声をかけたはずなのに、青年は嫌そうな顔をしない。
それどころか、青年が珍しく少女の問いかけに応じた上、真剣な表情で
「頼みがある、ついてきてくれ」などと少女の手を握って言ってきたのだ。
少女からすれば青年は身分も次元も違う存在だ。
見た目だけなら彼女が夢見る「白馬の王子様」に非常に近いものがある。
さらには挙動不審になっている少女を見て不安になったのか、
捨てられた子犬のような表情で「……駄目、か」と呟かれてしまい、駄目押し。
少女は青年について行くことにした。
その時点で気付くべきだった。
その後、青年が連れていったのは郊外のだだっ広い放置領域。
そして、深紅のスーツアーマーに身を包み、腕を組んで仁王立ちしている女性。
青年は平然とその女性に近づいて、親しげに声をかけると
「レイス、あいつだ。しっかりやってくれ」
「ほぉう、こんな嬢ちゃんがねぇ。まあいい、さっさとおっぱじめるとすっか」
安全な場所まで退く青年に、迫ってくる赤い壁のような女性。
少女は状況が把握できないまま戦う事だけを強いられた。
(聞いてない、聞いてないですこんな事……!)
普段から下がり気味の眉尻がさらに下がり、少女は女の威圧に負けてその場に座り込む。
歩み寄りながら腕に付けた真っ赤な籠手を鳴らして接近してくる女――レイスは
怯えた少女に対して何一つ躊躇することなく拳を握りしめる。
目映い光が拳に収束され、女は力強く腕を引き、雄叫びと共に眼前の少女の腹に叩き込む。
振り翳された光を纏う一撃に身動きもできないままの少女は呆気なく数歩後ろまで吹き飛ばされた。
深くねじ込まれた拳は胃の中身さえも吐き出してしまいそうなほど強力、
咳き込む少女の目尻にはすでに涙が滲んでいた。
「おいおいおい、泣くんじゃねぇよ。弱い者いじめしてるみてぇじゃねぇか」
「ど、ど、ど、どう考えても弱い者いじめじゃないですか!暴力反対です!」
少女が震える声で必死にひねりだした言葉に、レイスは眉を顰める。
彼女が事前に貰ったデータでは眼前の少女は十分な戦闘技能があると書かれていたし、
何より類稀な才能の持ち主であると締めくくられていた。
それらの情報は実際に彼女と戦闘を行ったうえで出されたものだと、そう伝えられている。
レイスはちらりと離れて自分たちを観察する青年を見る。
(アーサーの奴、まさか偽の情報をよこしたとか……そんなことねぇか)
すぐに視線を戻すと、震えたままの少女に笑いかける。
「なぁに、たいしたこたぁねぇよ。お前、天誓騎士なんだろ?」
「ふぇ?……あ、はい、今年試験に合格したばかりですが」
「己も天誓騎士だ。ま、お前の先輩みたいなもんだよ。
可愛い後輩がいるって聞いたもんだからよ、ちっと訓練代わりの手合わせでもしようって思ってよぉ」
「て、手合わせ、ですか?」
少女は目を丸くしてレイスを見る。
ああ、とにこやかに笑うレイスの姿に漸く緊張と警戒を解いた少女は立ち上がり、
彼女の後方に半瞬抗議の視線を飛ばした後に一礼する。
「そ、その、申し訳ございません。私、戦闘は苦手で、辞退させていただいてもよろしいでしょうか……?」
「戦場に慣れてねぇだけだ。騎士としての戦い方なんざ知らねぇんだろ?」
「ぁ、はい……ずっと、戦うことなんてしたこともなくて」
「なら尚更必要だ。己と戦って、天誓騎士の戦い方と動きってのを覚えろ」
ぐっと自分を指差して、女が笑う。
少女は最早逃げられそうにないと悟ったのか、泣き出しそうな顔で懸命に元凶を睨む。
(アーサーさん、あとで覚悟して下さいね……)
(知った事か。少し殴られて来い)
視線での抗議を物ともしない青年に精一杯の念を送り、少女は頬を叩く。
先程に比べれば幾分か闘志の宿った瞳をレイスに向けると、レイスは口角を釣り上げ、勝気に笑む。
ようやく自分の望む”戦い”ができる――そんな笑みだった。
「そういや、名乗ってもなかったな。己はレイス・アヴァロン。……てめぇは?」
「――エレイン・オドランです」
「そうか、エレインか。……懐かしい名前だ。かかってきな!」
女が構えると少女は真正面から突撃。
女の眼前で身を屈めると、足元に転がりこみ右足を強く踏みしめ、足を薙ぐように払う。
真っ向からぶつかってくるかと思っていたレイスも、突然視界から消えた少女に対処しきれず後方へわずかにふらついた。
攻撃を終えるとすぐに少女は女から距離を取り、武器を抜き放つ。
双銃――銃身が通常の小銃に比べても平たく大きいそれが両の手に握られている。
一見すれば少女の華奢な体躯に不釣り合いな真白い銃を、彼女は構えて眼前の相手を見据える。
(対象確認――攻撃は成功、右足に痛打。これで、アクションの一部に支障を来す可能性、増加)
エレインは銃をL字型に構え、レイスとの距離を測る。
このほんの数分の間でエレインはレイスと言う騎士の性質は十分すぎるほどに理解した。
「強敵」を求め、自身の身体も技量も磨き続けてきた生粋の戦闘狂、それが彼女だ。
恐らく相手が自分より数倍格下であろうとも容赦などしないのだろう。むしろ正面から潰しにかかってくる。
だからこその初手。
(行動の一部を制限すれば、多少動きも限定されてくるはず)
後は機を狙い、人体の弱点を狙って撃っていけば多少の勝機は見えるはず。
そんな淡い期待を胸に秘め、少女は集中する。
女から目を逸らさぬよう、離さぬよう、目に力を込めて見据える。
先程までの怯えていた少女とは思えぬ鋭い視線に、レイスは体勢を整え首を鳴らす。
「いきなり足払いたぁ、さみしいもんだね。もっと思い切りぶつかってきな」
言葉半ばに女は急激に距離を詰める。
腕の赤いガントレットがけたたましい駆動音を撒き散らす中、レイスは狙いを定め
(対象接近。回避――)
「よっとぉ!!」
(不可、避けられない)
拳を打ち抜く。
胴体に入れようとした左の一撃目は少女の持つ銃に、頭を狙った右の二撃目は少女の左側頭部を捕らえ、穿った。
軽く吹き飛ぶ体を無理やりに捻り、着地した少女は更に突撃。武器を狙って銃身で殴りかかるがこれを平然と弾かれてしまう。
鍔迫り合いなら負けねぇ、と笑うレイスは少女が近づいた事をいいことに少女に不意打ち蹴りを浴びせると、右手の銃を弾き飛ばし細い体にのしかかる。
「もっともっと、楽しんで戦おうじゃねぇか、なあおい!」
(――損傷の状況は軽度、重心、中心よりも左側に傾いている)
レイスが拳を大きく振りあげた瞬間、エレインが左手の銃を女の眉間に合わせる。半瞬、魔力の弾丸が銃口から吐き出された。
少女の攻撃にレイスは反射的に体を捩じる。バランスを崩した彼女は背面に倒れこみ、その隙を突きエレインは脱出。
弾き飛ばされた銃を再度手にすると十字に構え、レイスと、周辺の状況を再度整理し始める。
戦場はただただ広く、遮蔽物はほとんどと言っていいほど無い。闘技場のように近辺を壁の残骸が囲っている。
普段ならば遮蔽物に隠れて射撃を繰り返す彼女だが、今回はそうもいかない。
勝利へつながる欠片を探ろうと、戦場を見渡す。そして
――あった。
地面に向けて斜に構えると即座に2回、少女はトリガーを引いた。
2度にわたり体勢を立て直したレイスは右足に鈍い痛みを感じながらも立ち上がる。
が、彼女にダメージはない。
何を考えているのか?レイスは疑問を浮かべた次の瞬間にはそれを払い、自分を見つめる少女に向かい突撃した。
(対象、急速接近。防御は――)
「おせぇ」
防御態勢を取るエレインに、レイスは腕を引き、光を収束させた拳を胴体に向けて突きこむ。
二丁の銃と細腕の間、わずかな隙間に拳を捩じりこみ、一撃。体をくの字に曲げて少女は膝をつく。
たび重なる胴体への痛打に耐えかねて、内臓が悲鳴をあげているのが嫌と言うほどわかる。
喉元にせり上がってくる異物感を必死に飲み込んで、エレインは銃を構え、撃つ。
吐き出された2発の弾丸はレイスの後方に着弾すると跳弾、不規則な軌道でレイスに襲いかかる。
が、レイスはその場で旋回、足の痛みに僅かにぐらつくも、弾丸を叩き落とした勢いをそのままにエレインに接近した。
「面白ぇ、面白ぇよ、お前!最高に面白ぇ!!」
狂気さえ滲んでいるのではないかと疑う笑顔で、レイスは再度腕に光を宿らせる。
弱り切った獲物であろうと容赦なく捩じ伏せるのが真の強者と言うものだ。
女は喜々として腕を振りあげる。狙いは頭。少女は微動だにせず、此方を見てもいない。
勝敗は決した。
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